論文紹介:睡眠不足の脳で活性化するArc遺伝子の役割とは?


IIISのRobert Greene客員教授、柳沢 正史機構長を中心とした、テキサス大学サウスウェスタン医学センターとの共同研究成果が、4月29日付のProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)誌に掲載されました。

Loss of Arc attenuates the behavioral and molecular responses for sleep homeostasis in mice

Arcを欠損したマウスでは、睡眠の恒常性に関連した行動レベル・分子レベルの応答が弱まる)

私たちは徹夜明けなど、長時間覚醒していた後は強い眠気を感じますし、うっかり長めの昼寝をしてしまった日は夜眠れなくなります。このように、睡眠には睡眠要求(眠気)と実際の睡眠行動の間でバランスを取りながら一定の状態を維持しようとする仕組みがあり、これを「睡眠の恒常性」といいます。

Arcという遺伝子は、発達期の脳内で必要なシナプス(神経細胞同士の接合部分)だけを残し、機能的な神経回路を作る過程に関与することが知られているほか、いくつかの研究によって、睡眠との関わりも示唆されています。強制的な断眠などで長時間覚醒状態におかれたマウスでは、Arcが脳内で非常に強く活性化し、その後十分に睡眠をとると元に戻るのです。睡眠の状態に応じて活性化の度合いが変化するという特徴から、もしかすると、Arcは睡眠の恒常性の制御に関連して何か重要な役割を持っているのかもしれません。

睡眠におけるArcの機能を明らかにするため、研究チームはArcを欠損したマウスを用意して、睡眠の様子を野生型マウスと比較しました。自然な状態の睡眠を調べたところ、Arc 欠損マウスでは野生型マウスに比べてレム睡眠の合計時間が増加しました。次に、睡眠の制限(4時間の断眠またはレム睡眠の遮断)を行い、睡眠の恒常性の維持に関連した応答を調べました。通常、睡眠制限後は次の回復睡眠でより長く、深く眠るといういわゆる「リバウンド睡眠」が起こります。しかし、Arc 欠損マウスでは回復睡眠でもノンレム睡眠/レム睡眠の合計時間に変化はなく、深いノンレム睡眠もそれほど増えなかったことから、リバウンド睡眠が全体的に弱まっていることがわかります。さらに、Arc 欠損マウスの脳内では、睡眠制限によって通常引き起こされるArc以外の関連遺伝子の活性化やシナプスの変化など、さまざまな分子レベルでの応答も弱まっていました。このことから、Arcが睡眠の恒常性、つまり、眠気による行動・分子レベルの応答に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。野生型マウスでの詳しい解析により、こうした一連の応答には、断眠から回復睡眠までの過程で起こるArcタンパク質の細胞内での発現量と分布の変化が深く関係していると考えられます。

「注目したいのは、Arcがシナプスの機能と睡眠の恒常性、両方に関わっているという点です。睡眠の機能に関する仮説の一つに、『シナプス恒常性仮説』というものがあります。覚醒中に過剰になったシナプスの結合を睡眠で元に戻すことによって、正常なシナプスの働きを維持しているというものです。『私たちはなぜ眠らなければいけないのか』という大きな問いを考える上でも、Arcは非常に興味深い存在と言えます」と語る柳沢機構長。

本研究により、睡眠の恒常性に関わる分子メカニズムの解明に、また一歩近付くことができました。今後の研究の進展に、どうぞご期待ください!