異国の地で目指すもの IIIS研究員・朴寅成さんインタビュー


2017年6月、国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)の佐藤・徳山・阿部研究室の一員として睡眠とエネルギー代謝に関する論文を発表した朴寅成(パク・インソン)さん。韓国・ソウルから日本の筑波大学へ進学し、現在は研究員として活躍する彼に、研究のことや、そこにかける思いをうかがいました。

――韓国から日本に渡ったきっかけは何ですか?

大学を休学し軍隊で苦労しながら将来を考えた時、元々の専攻である体育学と関連してスポーツ栄養学を勉強したいと思い、色々と調べていたところ「その分野だと筑波大学の研究環境が良い」と韓国の大学の先生から薦められ、進学を決心しました。

―― スポーツ栄養学と睡眠では、分野が異なるように思います。なぜスポーツ栄養学から睡眠の研究へ転向されたのですか?

スポーツ栄養学の中でもエネルギー代謝の研究をしていたのですが、エネルギー代謝の調節と睡眠・覚醒の制御は調節因子を共有して協調している可能性があり、「人間の睡眠とエネルギー代謝の密接な関係を解明したい」と興味を持つようになりました。IIISには、カロリメーターというエネルギーの代謝を計測できる装置があり、より発展的にこの2つの関係を調べることができると思い、IIISに来ました。

――カロリーメーターとは、どんな装置なんですか?

ベッド、机、トイレなどが備え付けられている、ホテルの部屋のような装置です。カロリーメーターの中では、空気の出入りが厳密に管理され、気体濃度が常にモニターされているため、酸素と二酸化炭素の動きから被験者の代謝を測定することができます。ここで被験者に1泊〜2泊してもらい、睡眠と代謝の関係を調べています。

――朴さんはカロリーメータを使って、具体的にどんな研究をしているのでしょうか?

現在は主に2つの研究をしています。1つ目は、「睡眠中にダイナミックに変化するエネルギー代謝の機序の確認のための断眠実験」です。睡眠中は何も食べられませんから、身体はエネルギー源(主に炭水化物)が不足した状態。当然代謝は抑えられるはずだし、炭水化物を使い切った身体は次に脂肪をたくさん燃やし続ける、と考えるのが自然だと思いませんか?確かに睡眠前半ではエネルギー消費量と炭水化物の酸化量は減少するのですが、睡眠の後半くらいから一転して上昇することが私たちの研究から明らかになりました。何も食べていない、活動もしていないはずなのに、なぜこのような変化が起こるのか、その理由を知りたいと思っています。睡眠後半はレム睡眠や覚醒の時間が増えます。そうした睡眠ステージの変化が関係しているかもしれませんし、睡眠とは独立した、体内時計などの別の要因が関係しているかもしれません。断眠実験では、睡眠の影響を除いた時、24時間の代謝はどのように変化するかを検証します。研究計画や準備にじっくり時間をかけ、いよいよ20189月末から被験者の協力を得て実験を始めます。どんな結果が出るか、今からとても楽しみです。

――もう1つの研究とはどんなものですか?

「性別の違いによって睡眠の質とエネルギーの代謝がどのように変わるか」を調べる研究です。さまざまな指標に基づく研究で、女性の方が男性に比べて体内時計が2時間ほど早いことが示されています。また、不眠などの睡眠に関する悩みも女性に多いと言われていて、その理由の1つにこの女性特有の体内時計のリズムが関係しているのではないかと考えています。体内時計が早いと、夜遅くまで仕事や家事、育児に追われる夜型の社会生活への適応が一層難しくなりますから。この仮説を検証するために、エネルギー代謝、睡眠中の脳波、深部体温を同時に測定する実験を行い、実際に男女で睡眠の質に差はあるのか、そこに性別による体内時計のズレはどのように関与しているかを調べています。将来的には、光による体内時計の調節など、女性の睡眠の質を改善するためのアプローチも探っていきたいですね。

――日本で研究を行うにあたり苦労したことは何でしょう?

最初は言語でした。特にディスカッションなどをするのに難しさを感じていましたが、研究室の勉強と言語の勉強を一緒に進める中で、その楽しさを実感するようになりました。でも、IIISは公用語が英語なので、また新たな言語に苦戦しています。せっかく、日本語の壁を越えられたと思ったのに、まだ終わりではなかったんですね(笑)

研究面では、知識がなかったので脳波や代謝データの解析などが大変でした。分析内容の確認を何度も繰り返すことで、次第にできるようになりましたね。

――研究を始めた頃と今で変わったことはありますか?

研究を始めた頃は、「大学教授になりたい!」と思っていたのですが、研究員になった今は新しいことを日々発見できるサイエンスがただ純粋に好きですね。何らかの研究成果が出るとすごく嬉しいですし。出なかったら苦しいですが(笑)

また、最近は物事を知れば知るほど自分が小さく思える気がしています。世界には優れた研究者がたくさんいて、どんどん成果を出している。自分も、もっと高い志を持って頑張らなければいけないな、と感じています。

――こういう研究者になりたい!といった目標はありますか?

ヒトを対象した睡眠研究をしているので、やはり人類の疾病予防や健康増進に貢献できる研究をやりたいです。

――今は「夢に向かって進めている」と感じますか?

時々悩んだりする事もありますが、長い目で見て方向性は正しく捉えていると実感できています。ちょっと道を外れるときもありますが、目指す頂点は変わらないので。最終的なゴールはずっと見えています。

 

ライター:豊岡恵(筑波大学新聞)、編集:樋江井哲郎、浜口友加里(IIIS広報担当)