「薬」を「創る」ひと。創薬に捧げる人生。長瀬博教授スペシャルインタビュー


創薬研究はまさに「薬を創る」研究だ。研究にかかる時間は10年単位、必要な分野は非常に多岐にわたる。これまでに抗血栓薬「ドルナー」とそう痒症改善薬「ナルフラフィン」と薬を世に出し、更に現在も睡眠障害の治療薬と3つ目の創薬に取り組む長瀬博教授。この研究の醍醐味や、日本の創薬研究が抱える課題、次なる挑戦についてお話を聞きました。

■患者さんを助けられることが一番の喜び

――長瀬先生はどのような研究をされているのですか?

「創薬」と呼ばれる薬を作る研究を行っており、これまでに2つの薬を世に出してきました。

――ひとつ世にだすだけでも難しいとされている中で、ふたつも!?それぞれ、どのような薬なのでしょうか

1つ目は「抗血栓薬」と呼ばれるものです。血栓は体の血管内にできた塊のようなもので、これによって血管が詰まると心筋梗塞や脳梗塞になってしまうことがあります。私は「プロスタグランジン」という物質を使って血栓を溶かす薬を開発しました。この物質は私たちの体内にもともと存在するのですが、非常に不安定で分解されやすく、薬へ応用することが困難でした。世界中の研究者がこの物質に注目して創薬研究を行う中、1992年に私たちの開発チームが世界で初めて抗血栓薬「ドルナー」の開発に成功しました。

2つ目の薬は2009年に開発した「ナルフラフィン」です。この薬はオピオイドといわれる化合物分野に属し、モルヒネと同じような部分構造を持っていることから、強い鎮痛作用がある一方で、薬物依存性をいかに分離するかが課題となっていました。この課題は世界中の多く研究者の努力で克服できましたが、反対に薬物嫌悪性(幻覚、幻聴等の副作用)が新たな問題となり、開発がとまってしまいました。

我々は開発を進めて行く中で、なんとかこの難題を克服することに成功したですが、今度は強い眠気などを起こす副作用があることが分かり、鎮痛薬としての利用を断念せざるおえなくなりました。他にこの薬の活用法が無いかと探していた時に、鎮痛薬の臨床試験に協力してくれた医師の方から、「モルヒネを投与した患者はかゆみを訴えるが、ナルフラフィン投与患者はかゆみを訴えない」という情報が入りました。

そこで、我々は鎮痛以外の作用はモルヒネと反対の作用が多いナルフラフィンはかゆみに効きそうだと考え、この薬をかゆみのモデルマウスに投与したところ、見事にかゆみが消失していたのです。予想通りの実験結果が得られたので、重篤なかゆみに苦しむ腎透析の患者さんに投与することを決めました。

――かゆみですか?

そうなんです。意外でしょ(笑)? 人工透析に通う患者さんの中には夜も寝られないほどのかゆみに襲われる方がいます。トイレのブラシや、ひどい場合には生け花などで用いられる剣山などで体が傷だらけになるまで掻いていました。ある患者さんは「かゆみは我慢できないが痛みなら我慢できる」と言っていたほどです。

 ――「ナルフラフィン」はかゆみに悩む患者さんへの救いの手となったのですね。患者さんの言葉を聞いたとき、長瀬先生はどのよう気持ちでしたか?

それはもう嬉しかったです。これまで治療法がなく、症状に苦しんでいた患者さんを助けることが可能になるのですから。創薬研究者として一番のやりがいだと思います。

■創薬研究の楽しさは「ドラッグデザイン」にある

――なぜ創薬研究の道に進まれたのですか?

大学で研究をする前には企業で研究を行っていました。この企業は、ナイロン、テトロン、炭素繊維販売で有名な繊維会社で、薬の研究は「社長の目の黒いうちはやらせない」と言われていましたが、私どもは薬の研究に一番やりがいを感じ、こっそり創薬研究を行っていました。(笑)

――こ、こっそりですか!?

ええ、勤務時間外の時に研究をしていました(笑)いわゆる“アングラ研究”ってやつです。当時の研究所長からは「成果が出るかわからない薬作りよりも既存の薬を安く作る研究をするべきだ」と言われたのですが、研究者としてそれではつまらない…(薬がなくて患者が困っている分野を切り開く独創的新薬を創出したかったため)。そこで始めたのが薬を一から作り出す創薬研究でした。

――創薬研究のどのような点が「楽しかった」のでしょう

まずは研究している薬が症状に効くかどうかが分かるという点ですね。2つ目は「ドラッグデザイン」です。まったく新しい構造を考え、自分で考えた構造が実際に効果を発現したときが無上の喜びを感じます。

■日本の創薬研究の厳しい現状、長瀬教授のさらなる挑戦

 ――企業で研究を行ってこられた長瀬先生ですが、なぜ大学で研究をしようと思われたのですか?

企業では最終的に研究所長という役職に就いたのですが、役職に就いてしまうと自分の研究に時間を割くことが難しく、「もっと研究がしたい」との思いで56歳の頃に北里大学へ移りました。そこで9年間研究を続け、定年を迎えようかという頃に柳沢先生から声をかけてもらってIIISへ来ました。

 ――企業と大学の研究環境での違いはありますか??

やっぱり学生がいるという点ですかね。企業では専門家が集まっているのですが、大学ではこの分野に関して何も知らない学生がいる。研究室で一から教育し、成功体験をすることにより、卒業するころには企業に行っても即戦力となるような非常に優秀な研究者となって旅立っていく。これを見届けられることは大学ならではで、やりがいにもなっています。

――現在、創薬研究は非常に厳しい状況だとお聞きしましたが

そうですね…。世界的に厳しい状況に置かれています。その背景には、薬は実用化されるまでに10年単位もの年数が必要なのに加え、研究で成果を得られるかが不確実だという点が大きいかと思います。特に日本の大学では大学院生が修士論文、博士論文を作成する上でリスクが大きいため、創薬研究を行える場が非常に少ないです。

――日本の大学からすると手をだしにくい研究分野なのですね。

また、創薬分野で扱う学問分野が非常に広範囲になっているという点が大きいですね。創薬に必要な分野は基盤技術の合成に加え、薬理、製剤、代謝、医学、生理学、薬の工業的製造方法、特許の作成など、思いつくだけでもこれだけのことを学ばなければなりません。企業であれば分業制が採られていますが、日本の大学の環境では研究者一人ひとりが包括的にそれらの知識を持っておかなければなりません。その中で私たちは、現在必死になって将来の創薬化学担える人材を育てているのですが、卒業後も彼らが大学で学んだ研究を生かしていけるような環境を与えることが重要です。

――このような厳しい状況が続く創薬研究ですが、先生はこれからどのようなことを行っていきたいですか?

それはもうたくさんありますよ(笑)。柳沢先生が発見されたオレキシンの性質を利用した薬を世に出したいと思っています。今年5月には、オレキシンと同じ働きを持つ物質をマウスに投与してその覚醒効果と難病であるナルコレプシー(過眠症)のモデルマウスでその効果を確認できています。そのほかにもモルヒネから依存性をなくしてモルヒネ以上に強い鎮痛作用が期待できる薬を作りたいですね。薬物依存のメカニズム自体は未だに解明されていないのですが、私の頭の中にはそれを解明するための方法がたくさん浮かんでいます(笑)。

――最後に読者にメッセージをお願いします

今の学生や研究者には論文に書いてあることを自ら実験などで試すことなく信じる傾向があります。何事も「疑ってみる」ことで新たな発見が生まれることを忘れないでほしいですね。もし、論文に書かれている手順通りに検証する中で異なる結果であった場合こそチャンスで、それが新発見である可能性が高いと期待できます。過去にノーベル賞を取った研究者の多くはこのような思いがけない新発見から賞を受賞している。だからこそ「疑ってみる」ことを忘れないでほしいです。

――ありがとうございました。

取材を終え、創薬研究の奥深さや問題点などさまざまなことを知ることができました。またどんなことも「疑ってみる」ことの重要性は普段の学生生活はもちろん、筑波大学新聞で日々取材を行っている者としても忘れてはならない心構えであると感じました。

最後に長瀬先生(右)と2ショットを撮影しました。

記者:岡田優太(筑波大学新聞部)、編集:樋江井哲郎(IIIS広報担当)

長瀬研究室:http://nagase.wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/